『発明王』

 今日凄く可笑しな夢を見た。

 時は夕暮れ。夕陽があたりを優しくオレンジ色の染め替えようとしていた。
空には不安定な形をした雲が幾つか思い思いの方向へゆっくりと流れて行った。
風は吹いてはいない。
 場所は急勾配の坂道でどこの坂道かはわからない。
自宅の近所にはあんな勾配のきつい坂道はないし、
そもそもその坂道が実在するのか、または夢の中にだけ存在しているのか、
区別がつかない。
もっとも坂道なんて世界中の至る所に在るものだからその坂道は
何処かには存在するのかもしれない。
ただわたしが知らない、行ったことのないだけで。

 夢の中のお話だもの。
それが本当に存在する場所なのか、そうでないのかなんて本当は関係ないじゃない。
 その坂道をわたしたちは並んで―実際には彼がわたしよりも三歩ほど遅れて―ゆっくりと、
まるで地面を確かめるかのように歩いていた。
 わたしたちはとても幸せで疑うこともなく共に歩いている。
 何処に向かっているのかなんてことはまったく問題にはならなかった。
ゆっくりと、一歩一歩、坂道を登る。
坂道はずっと続いている。夕陽の照り返しに遮られて坂の天辺は見えなかったけれど、
ずっと続いていることをわたしたちは知っていた。

 そうやってゆっくりと坂道を登っていた筈なのに……。

 坂の途中でわたしは何故か立ち止まってしまった。
足が動かない。
「前へ進め」と命令しても言うことを聞かず足は地面にへばりついてしまったかのようだ。
わたしは自分の足を確かめるためにその場にしゃがみ込んだ。
そんなことはお構いなしに彼はわたしを追い越した。
彼のブルージーンズが目の端に映っては消えていった。

 「待ってよ!!」
私は慌てて立ち上がって叫んだ。
「待ってるよ」
彼はわたしより少し先で歩みを止め振り返りながらわたしに穏やかに言った。
わたしの困惑や不安などは知りもしないといった調子で実に穏やかに優しく微笑んでいた。

 わたしは前に向かって―彼に向かって―足を踏み出そうとした。
ゴムがビリビリと剥がれるような感触がして左足が地面から離れて、前に出ようとした途端、
わたしはバランスを崩してよろけた。
足に違和感がある。
靴じゃない!!
わたしが履いているのは靴ではなかった。

 わたしの足許はさっきまで履いていたコンバースのオールスターではなく、
Dr.ナ●マツでお馴染みの発明品、正式名は定かではないが
「ジャンピングシューズ」だった……。

 不慣れなわたしは上手く歩けないのも当然だ。
ジャンプだって出来やしない。
「早く来いって」
何時の間にか彼もジャンピングシューズを履いていた。
器用にジャンプを繰り返してその場に留まっている。
「待ってよ!」わたしは上手く跳べない。
「待っているよ」彼は高く跳び上がり文字通り宙返りして、地面に着地するや否や
また高く跳び上がる。
先ほどよりも更に高く。
「待って!!わたしはまだ上手く跳べないのよ」
そう言うわたしの先で彼は器用に宙返りを繰り返す。
気持ち悪くならないのかしらと思ったけれど、彼はいつものように穏やかに笑っていた。
「こんなところに置いていかないで」
わたしはどうやっても跳躍することはおろか歩き出すことさえも出来ない。
彼はそんなわたしを置いてどんどん先へと跳んで行く。

 「ねぇ、待ってよ!!」
彼はわたしより先の坂道の途中で宙返りを繰り返していたが、暫くして止まってた。
そこからわたしを眺めてこう言った。
「そんなことだから上手く跳べないんだよ、いつも」そしてまた思い切り跳びあがる。
「自分でも解っているんだろう?」上空から声が降ってくる。
彼はもう見えなくなるほど高く跳び上がってそのまま降りてはこなかった。

 上手く跳べない?

 そうわたしはいつも上手く飛躍できない。
 彼は何でも器用に出来るのに。
 わたしは彼に置いて行かれた。

 そこで夢は終わった。

 わたしは悲しかった。

 彼に置いていかれたことが?
 上手く跳躍できなかったことが?

 跳べないままで夢が終わってしまったことが。

―了―

-2001年10月5日 久方ぶりの…-

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生意気にもあとがきのようなもの
 これはフィクションです、って当たり前か…
 ずいぶん前にイメージの断片だけを書いたものを改訂しました。
 ところでものすごくジャンピングシューズが欲しかった時期がありました。
 ただ跳ねているだけでも楽しそう。

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