『散歩道』

それは8月も半ばの頃、昼間の鮮烈な暑さも漸く身をひそめ、
幾分過しやすくなった夕餉の時分、だったでしょうか。
ともかく風の穏やかな夏の夜のことでした。

わたしは当時、夜の散歩を日課としていました。夜と言ってもまだ宵の口の頃です。
人通りの少ない道を避けるように国道に出て、自動車のライトに照らされた幾分猥雑で、
しかし慣れ親しんだ歩道を歩くのがお気に入りでした。
夜の風のにおいはわたしを優しく包み込んでくれました。
夜の光はわたしを清々しく洗ってくれました。

ある日のこと。
そうです、その8月半ばのある日のことです。
いつもの夜の散歩コースをいつものように歩いていました。
頭上には剃刀のように尖り鈍い光を放つ三日月が上がっていました。
国道沿いにある消防署の前を通り過ぎ、カラオケ店の押し付けがましいネオンの前を
通りかかろうとしたわたしの目にいつもと見慣れないものが映りました。
店の駐車場、入り口近く。
そこには一区画の植え込みがあり、ベゴニアが何株か植えられていましたが、
昼の暑さに根負けしたのか、或いは三日月の毒気にでも中てられたのかくたっと萎れたままでした。

そこの花壇のコンクリートの淵に人影があったのです。
正しくは人影ともうひとつの影、獣のようなものの影がありました。
毎夜散歩に出かけているけれど、犬の散歩をしている人とはすれ違うことはあっても
そのような人影を見たことはありませんでした。
何故ならばこの先、数mも行かないうちに公園があるからです。
散歩に疲れた人はベンチのある公園で休む筈だとわたしは考えました。

不思議に思ってその人影に(不用心にも)近づいてみました。
どの道わたしはその前を通り過ぎなくては散歩を終えられないのです。

人影の主はもう七十代かそれ以上かのおじいさんでした。
おじいさんはボロボロの麦藁帽をかぶり、よれよれのランニングシャツを着ていました。
足許には草臥れた黒のゴム長靴を履いて皺だらけの顔でにこにこと座っていました。
一部の老人に見える、頑迷な表情やそれに起因する宿命性などは全く感じられない
気持ちのいい笑顔でした。
おじいさんの笑顔からこぼれる歯は殆どが抜けていて、前歯には上に二本残っているだけでした。
隣の獣は犬でした。茶色で雑種のどこの町にも一匹はいそうな野良犬のような犬です。
とても愛想がよくわたしの姿を確認すると尻尾を千切れんばかりに振って近づこうとしましたが、
おじいさんが綱をぐっと力強く掴んでいたので犬の爪がアスファルトを掻くだけでした。
わたしは犬が大好きだったのでおじいさんに話し掛けました。
「こんばんは」
わたしがそう挨拶をしてもおじいさんはにこにこと笑っているだけです。
とても気持ち良さそうに……。
おじいさんはもしかしたら酔っ払っているのかしら?
私はそう思いながらもう一度おじいさんに話し掛けました。
「かわいい犬ですね」
犬のことを褒めるとおじいさんの笑顔はさらに大きくなりましたが、
それと同時に異形めいたグロテスクさが加わったように感じられました。
「名前はなんというのですか?」
「常子」
おじいさんが初めて口をききました。咽喉を絞って声帯から声を捻り出したような声でした。
「ツネコちゃんか」
わたしが犬の名前を声に出すと常子はワンと鳴きました。
常子は頭のいい犬のようです。
尻尾は盛大に振っていてもわたしに飛び掛って歓喜の表現をしようとはしませんでした。
「よくここを通るのですか?」
おじいさんは頷きました。
麦藁帽が揺れました。それに呼応するかのように常子がまた一声あげました。とても凛々しく。

「あんたのことは知っているよ」
おじいさんが思いがけないことを言いました。
おじいさんはわたしを見ずに地面のアスファルトを眺めていました。
黒いゴム長に月の光が鈍く反射していて、どこか余所の星からきた生物のように見えました。
「え?」
「ここをよく通る」
「ええ。散歩コースにしているから」
でもわたしは今以前におじいさんに会った記憶はありません。
「いつも見てるんだ」
「で、でもわたしはおじいさんに会ったことは初めてだわ」
わたしは少し混乱していました。
あまりの奇妙さに話し掛けるんじゃなかったと後悔までしかけていました。
「今日は特別さ」
おじいさんは意味のわからないことを言ってにやりとさらにグロテスクに笑いました。
下げた顔から大きく開かれた口だけが見えました。
それは今日の三日月にそっくりで、魔術的で背徳的なものさえ感じられました。
わたしは怖くなりました。
今までがあまりにも奇妙だったので「恐怖」と言う感覚を忘れていたのです。
「今日は?」
もうおじいさんは何も言いませんでした。常子も尻尾を振るのを止めました。

わたしは話を逸らそうとして、常子を撫でようとしました。
そしてさよならをしようと考えたのです。

常子に触れたその途端。
わたしの手に残った常子の感触は今まで撫でたことのある犬のそれとは全く違ったものでした。
常子は風化した砂の城のように、さらさらと崩れていきました。
かつて常子のいた場所には灰色の目の粗い砂が小さな山を作っていました。
わたしは驚いておじいさんの方を振り向きました。

そこにはおじいさんの姿などはありませんでした。
常子(かつて常子だったもの)のように砂もありませんでした。

どこかから煙が漂ってきました。
いつか何処かで嗅いだような懐かしい香りがしました。
懐かしい記憶の香りです。

辺りを見回すと花壇のすぐ側に火を点けたばかりと思しきお線香がくべてあり、
更にその少し先には菊の花束が供えてありました。

そう、思い出しました。
それは8月の13日、お盆の入りの日のことでした……。
私はそれより半年ほど前、この国道でトラックに轢き殺されたのです。

―了―

-2000年8月15日 終戦記念日に自宅にて-

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生意気にもあとがきのようなもの
 これは経験談を誇張、脚色したものです。
 というか本来の話は見る影もないくらいに霞んでいます。
 いつも思うのですが、みんな「怖い話」って好きですね?
 このお話は全く怖くないけれど。
 心霊的な怖さはないですね、はい。

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